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1928年2月、チャコ州ロケ・サエンス・ペーニャ試験場にて、右より、横道金一郎嘱託、斉田副領事、サトレーリ技師、古谷重綱公使、石井衣子、吉川禄郎嘱託、クレーポン技師、石井忠吉商務官、伴亦男。秋田県出身の石井忠吉は日本公使館の商務書記官を勤めていたが、やがて辞めて綿作に従事した。